2017年1月23日月曜日

そのことばかり

明け方の除雪車の音が聞こえてくるまで目を瞑りたくなくてさ。DVDも見終わったし、聞いておきたかったCDも聞いたし、あとはそうだな、除雪車が動き出したら寝ようかなみたいな、そんな感じでさ。どんな感じだよ。除雪車が動き出したところで、安心できるかって言ったらそういうことでもないのになあバカ。逃げりゃしないよ夜からは。迎えるしかないよ朝だけは。そしたら出るしかないよ布団から。歯磨いてシャワー浴びて、頑張るんだよ今日も。うまくいくかどうかはわからないけど、うまくいかなくても大丈夫に繋がったりするんだよ、知ってるもん。そうだ、知ってるのだ。ねえ音楽をさ、音楽をやろうよ。音楽につながるようなことを探しに行こうよ。他に何もやることがないし、やれそうなこともないよ。いやなんていうか、語弊があったらあれなんだけど、でも音楽がやりたいよいつだって。そりゃあ強くなりたいし男に生まれた以上はたくましくかっこよくいたいし。とか言いながら体つきがあれだから、着ている服は女物が多いんだけども。ねえ笑ったらさ、笑ったら絶対いいのにさ。部屋に帰ったらトイレの電気付けっぱなしで散らかっていて、思わずため息出ちゃってさ、そんな時こそ笑えたらいいのになあ。頭も心も散らかってるって認めたくなかっただけでやっぱりボロが出てしまったんだ。ねえ音楽をしたいよ、笑っちゃう音楽を。もう悲しいとか苦しいとかそいうのは極力いいからさ、ねえ。今はいろんなことがあるけどきっとあなたは最強になるから笑っておくれ。その言葉借りて気持ちが溢れて、そのことばかりで涙が零れて、ランチタイムは終了あっという間にきっと今日も日が沈む。飛行機の予定がないと電車には滅多に乗らないけど、この前僕は見たんだ、静かに走る21時の電車をさ。ガタンゴトン、そんな音は一切しなくて、スーって、静かに駅へ向かう電車を見たんだ。あの電車に乗りたい。何駅か通り過ぎたら適当に降りて、そしたらすぐ、引き返すんだ。僕はあの電車に乗ればきっと大丈夫って、乗ってもいない電車に絶大な信頼を寄せた。街は白く、空は紫。僕は時計を見るのをやめた。

嘘みたいだけど、本当の話で、見上げた青空に何が浮かんでいたと思う?

2017年1月9日月曜日

トゥルー、トゥルーと鳴いている

あんなに頻繁に連絡取っていたのに鳴らなくなる電話、夕方から何も食べてないのに減らないお腹、懸賞で当たって可愛くて愛しかったのに故障なのか何なのかあれから流れないラジオ、アンテナの時代が変わったせいで映らないテレビ、窓際部屋の隅にあるもんで時期も時期だし朝には冷たいストーブ、誰も信じてくれなかった夏の雪、耳にかけて満足していた無音のイヤホン。おかしいな本当の姿はそうじゃない。いや、でも待て、本当の姿なんて誰がきめたんだ。鳴らない電話こそ距離を思えたりするし、お腹が減らなければ少し節約になるし、流れないラジオにはそれなりの物語があるし、テレビは今はきっと安く手に入るし、冷たいストーブが頑張って部屋を暖めてくれるその姿は尊いし、夏の雪はきっと自分にしか見えない特別なもので、イヤホンして何も聴いていなくても不思議なもんで歩くスピードはそんな変わらない。本当の姿は、なにも、世間一般に見えてるものだけではないこともあるってことだ。結局自分でしかないし、自分で決めていいことだし、君が決めていいことだ。

例えば何かいきなり泣けてきちゃった帰り道に、まっすぐ帰れなくて帰りたくなくて寄り道したくて、でもそれは逃げ道だってどこかで気づいても、その時はちゃんと寄り道して帰るべきなのだ。だって、逃げることから逃げることを諦めたら、もういよいよ寄り道すら歩けなくなってしまうよ。頑張るのはきっとそこからで、無理をしてでも、さあ、今すぐ寄り道をするのだ。

本当の姿なんて、あいつらに見えてるものじゃなくて、自分には見えないけど自分しか知らないようなきっとそんな姿でいいのだ。

長蛇の手荷物検査の列に並んでる今この瞬間にも、きっとどこかの誰かさんは、はあ今日も仕事学校バイト家庭友情仲間恋愛SNSに嫌だなあと思っていて、きっとどこかの誰かさんは、ああ今日も仕事学校バイト家庭友情仲間恋愛SNSがあってよかったと思っている。これを読んでるあなたがそのどちらだとしても僕には全然関係ないことだけど、とりあえず今日は最強のライブしてくるから。

2017年1月1日日曜日

初めての日

りゅーがレミオロメンを歌って始まった2017年、その夜(さっき)、りゅーと二人で焼き肉に行ってきた。

最低の始まり方をしたけど、こんな最低な始まり方は初めてだから、きっと最高な一年にしようって僕らは言うしかなくて、いつものように握手で別れた。

そんなもんだ。僕らはいつだって中途半端だし、涙は隠すもんだ。

2016年12月31日土曜日

あの頃とは違うこんな歌

悲しくて苦しくてキツくて、そんなことが実はめちゃめちゃ多い一年だった。何にも見えなくなって考えたくなくって、すべてを投げ出して中標津に帰りたいって、毎月のように思った一年だった。色んな人と出会って、話して、この目で見て、この耳で聞いて、この足で行って、色んなことを感じれば感じるほど葛藤が生まれてくるし、でも全てがきっとボイガルに繋がってゆくと思って色んなことをして色んな人に会ってきたし飛び込んだつもりだったけど、そうすればそうするほど、ボイガルは後退していくばかりで、誰にも言えないことがどんどん増えていって酒ばっか飲んでた。たくさん飲めば楽しくなって昨日のことは忘れて「飲みすぎたなー、気持ち悪いなー」ってことだけ考えれたから、ひたすら飲んでた。でも友達や仲間と飲むお酒は本当に美味しかったし楽しくて、ずっとこんな時間が続けばいいなって何度も思った。歌を歌うということに逃げることが増えたから、2017年はそうはなりたくないし、そうじゃやくて、聞いてくれる人や僕の音楽を好きになってくれた人が安心して逃げてこれるような歌を歌えるように強くたくましく誰よりも冷たく大きな声で、そんな風にいれたらなって思ってます。

一生懸命向かって来てくれる人には一生懸命向かおうと思う。


「 悲しい時に浮かぶのいつでも君の顔だったよ」

2016年12月21日水曜日

ジェットコースターは苦手だ

十三駅で降りたとき、向こう側のドアから降りてきた女の子が僕のところに駆け寄ってきた。その子は、「あの、ボイガルの、!ボイガルのシンゴさん…!」と声をかけてくれた。何かを言いたそうな顔をしている。うまく、言葉にできなさそうな顔をしている。僕は少し待った。するとその子は「私、聴力がすごく落ちてしまって爆音のライブハウスには暫くライブ見に行けなくなっちゃったんですけど、すごく応援してます!!大好きです」と最高な笑顔で話してくれた。僕はその時、「ありがとうございます、いつでもいいよ。いつでも来れるときにおいでね」と、いつもの調子で言ってしまうところだった。ライブハウスなんて、ライブなんて、行きたいと思った時に色んなタイミングがうまーく合ったときに好きなときにいつでも来てくださいってことはいつも心から思って言ってること。でもどこかで、この言葉が当たり前のように繰り返しのように使っていたのかもなって気づいた。だってその子は、今は、ライブハウスじゃないのにね。一瞬でハッとして、僕はその子に「ありがとうございます、そうなんだね、じゃあ…CDとかだ。新しいCD、すぐ出すから待ってて」と言った。その子は嬉しそうにしっかりと僕の目を見て「はい!!!」と言って、握手をして階段を降りていった。レコーディングもしていなければ、リリースも決まっていない、僕の渾身の、いつになるかさっぱりわからない口約束。あの子はずっと待つだろうし、もしかしたらこれから毎日期待してくれるかもしれない。勿論あの子だけじゃなく色んな人が待っててくれているかもしれない。あの子に出会えてよかったなと思った。十三駅からファンダンゴまで向かう5分間で色んなことを考えた。トムボーイズが待ってる。行く、ライブする。

ファンダンゴに着くとトムボーイズがファンダンゴに電飾をつけたり無数の旗をぶら下げたりしていた。彼女らなりのロックンロールショウへの準備。ワクワクした。河内REDSのライブが終わって、僕らの番。女の子たちに混ざりながら、若い男の子達が拳を上げて、まるで、「シンゴさんぶっ放してくれ、頼むよ」というような顔で僕らの歌を一緒に歌ったりしている。今年は後半になって男の子達が来てくれる数が特に西日本は増えた。彼らを見てると抱きしめたくなる。僕は男の子だから、彼らを見てると抱きしめたくなる。懐かしい曲を2曲やった。バンドでやったのは何年ぶりだろうか、どちらも結成時からある曲。まるで新曲のような気持ちで歌えた。汗が止まらなかった、べちゃべちゃである。暑くて暑くて、べちゃべちゃである。でもそんなのもうどうでもいいのだ。増えてきた白髪(本当に増えてきた)、広がってくおでこ(前からだけど最近更に)、薄くなってく髪(前からだけど最近更に)、今更ここは気にしていられない。気にしていたら、ロックバンドやってられない。それを越えてでも、どうしても汗をかきたくて、ステージに立ちたくて、足掻いてもがいて、どうしようもないくらいにどうしようもない夜を超えていきたいのだ。きっとそういう感じだ。ライブは一瞬で終わった。

トムボーイズのライブは素晴らしかった。
越えてきたからだろう。
MCでヒナちゃんは、「このツアーで成し遂げようと思っていたことがあって、それを、私たちは成し遂げることができませんでした」と言っていた。ツアーって、ファイナルって、すげーんだなって思った。 その直後にやっていた新曲がよかった。


終演後のお客さんたちの顔が、よかったと思う。
色んな人が、それぞれの思いとそれぞれの言葉を、それぞれのペースでそれぞれのサイズで抱いてる。どうか誰とも比べずに、大切にしてほしいなと思った。



お客さんのいなくなったファンダンゴのフロアでヒナちゃんとほんの少しだけ話したとき、ステージでは剥き出しの彼女が、それはそれは優しい顔をしていた。


打ち上げがなかったので、ファンダンゴを出て、僕はお腹がすいていたからご飯を食べようと思った。3人は帰った。そしたらライブを見に来ていた50回転ズのドリーさんがお店の中にいて、「シンゴこっち座れよ」と言ってくれたので横に座らせてもらって、ビールを一杯いただいた。嬉しかったし楽しかった。話の中で、数年前の冬、SAと50回転ズの札幌公演の時に50が雪で札幌に来れなかったことがあった時の話をドリーさんがして、「あれは悔しかったなあ」と言っていた。僕は、「そんなことありましたね。あの日実はそれを知ってすぐメンバーに今日なにしてる?!って確認して、みんな空いてたらイベンターさんに連絡して、僕らを出してくださいって言おうと思ってたんです。結果的にひとりどうしても予定があって無理でしたけど」という話をしたら、「そんなことしようとしてたのか」とドリーさんは笑っていた。電車の時間がやばくて、僕は先に店を出て、大阪の夜は終わった。




大好きな神戸空港から、北海道に帰ってきて、今、新千歳から札幌行きの快速エアポートの中。

ただいま。

2016年12月18日日曜日

死ぬには若すぎる(イクには早すぎる)


日中の最高気温が6度近くもあったもんでおかげで夜になれば道路はツルツルだ
足元ばかり気にして転ばないように無様な姿は見せないように必死に歩を進めるしかなかった
無様な姿は見せないように
何かあれば行く回転寿司屋に、何もないのに入った俺は、サーモンとえんがわを最初に食べたところでとてつもない虚しさに襲われて、そこからは闇雲に皿を重ねた
ひとり、カウンター、角の席
2430円が白い息となりサブロクの空に消えてった

そういえば昔、「会おうと思わないと会えないからね」と言われたことがあったけど、あの時俺は会いたいと思っていたんだよ
会いたいと思っていたのに会えなかった、ただそれだけだったのにさ
何であんな言い方をされたんだろう、俺は会いたいと思っていたのにさ
会いたい人がいて、でも会いたいといくら思っても会えない時は会えないんだ
だからどうせまた会えないと思ってしまうんだ
だから誰にも会いたくないと思ってしまうんだ
さっき寿司屋を出る前最後に飲んだ一杯のお茶がかろうじて体をあったかくしてくれていたのが救いだな、心はキンキンに冷えきって、まるで昨日飲んだビールじゃねえか

適当に歩いて、気づいたら大通南改札の前にいた
行く当てなんてないのにさ、どうしちゃったんだろうな
切符もないしまっすぐ帰ろう、引き返してポールタウンの入り口をくぐった
すれ違う人、追い越してく人、全員俺のことなんて知らないし俺もお前らのことは知らないが
どこに行くんだろう、なにをしてるんだろう、どうして気になってしまうんだろう
そしたら一人の女の子が後ろから走ってきて俺の横に来たのが視界に入った
俺がイヤホンを外すとその子は「いつもラジオ聞いています」と握手の手を差し出してきた
俺がありがとうと言って握手をすると、その子はサッと走って友達のところへ戻っていった
あ、ちょっと待ってよ、もう少し話をしないかいせっかくだし
最近こんなことがあったんだとか、例えばそうだな、君がいつも聞いてくれてる俺のラジオのこととか何でもいいんだ、何でもいいんだけど、そんななんか、変な下心があるとかじゃなくて、ほんとにただ、ほんの少しでいいから話をしないかい

なんてこの俺が言うわけも言えるわけもなく、何もなかった顔で平然と前を向いて歩き出した
だってもう22時だし
3歩進んで振り返るとその子の姿は見えないし、酔っ払った若者と目があってしまってビビって咄嗟に目を逸らした

「“もういいよ、十分だよ” 
誰かそう言ってくれないか?」
そんな野暮なことを一瞬考えてしまった自分をぶっ殺してやりたくなった
あの日から何も進んでねえじゃねえか
あの日から何も変わってねえじゃねえか

みんなを幸せにするためにはどうすればいいか
みんなを悲しませないためにはどうすればいいか
同じようで全然違うから歌には逃げれないか



消えていくものしか見えないなんて、悲しすぎるじゃん

2016年12月13日火曜日

本当は誰かにわかってほしかった

ブログに残せなかったこの一ヶ月で、僕は僕なりに色んなことがあった。僕は僕なりに色んなことを思った。言えなかったことも、残せなかったことも、綴れなかったこともたくさんあった。できなかったことも、行けなかった場所も。でも、もちろんその逆で、色んなことができたし歌えたし、色んな人に会えたり、話せたりもあった。生活は常に、向こう側と隣り合わせだね。





全部を思い出せないから、ほんの数日前の話を。載せる写真は全部ミナミフウコさんが撮影したもの。大切な写真なので、見て楽しんでください。



9日、一時間半ほど遅れて飛行機は離陸。久しぶりの福岡空港へ。空港について、ビールを一杯買って、20時半のバスで熊本に向かった。バスの中で、路上やりたいなって思ってツイッターに「どなたかアコギを貸してくれませんか」と投稿。すぐリプライをくれた方がいて、熊本について下通のカラオケ館の前へ向かった。アコギを持った女の子が待っていてくれて、「ありがとう」と言ってアコギを借りて適当な場所を探した。帯屋の前に決めた。僕とアコギを貸してくれたその子と聞きに来てくれた子と三人でそこに座り、僕は歌い始めた。下通は、週末ということもあって考えられないくらいの人、考えられないくらいの酔っ払いがいた。3曲ほど歌ったところで聞きに来てくれた子が終電のため帰った。それから、何度か酔っ払いたちが立ち止まっては褒めてくれたりしながら、一時間ほど歌って路上は終わった。アコギを貸してくれた子と下通の入り口まで一緒に歩いて、今日はありがとうと別れて、僕はホテルに行った。なかなか眠れなかった。



10日、撮影のため東京から来るフウコさんに昼前に連絡。「何時に着くの?」と聞くと「もうついております」ときたから、「熊本城を見に行きたいからちょっと付き合って」というと「私も行こうと思っていたのでナイスタイミングです」とのことだった。もしかしてフウコさん一人で行って色々感じたかったかなと思いつつ、ここは僕のわがままに付き合ってもらおうという思いが余裕でウルトラ勝ったので、「わーい」と返し、すぐに合流して熊本城に向かった。


入り口にいた、警備のおじさん。熊本城をまわるのに、ここからだとこんな風に見えるよとか、色々なことを教えてくれた。「全部周ると1時間はかかるとおもうけど、見てたら一瞬だよ。最後は市役所14階まで上がってみるといい。熊本城の凄さと綺麗さと広さと、あと、酷さがわかると思うよ。」と言っていたのが印象的だった。おじさんにありがとうと伝えて、僕とフウコさんは歩き出した。フウコさんはフウコさんで、自分のペースで写真に残しながら。僕も僕で色々感じながら。ポイント、ポイントで、ほんとに凄いね〜なんて言いながら。色んな角度から見ると、色んなことに気づく。色んな人が色んな気持ちで、残していく勇気。自分は何を残し何を伝え続けていれてるかなと、考えた。出口付近でお土産屋さんが並んでいた。たこ焼きと、名物の「いきなり饅頭」というのを買った。適当に座ったベンチで、「いきなり饅頭ってなんだろね」なんてフウコさんと喋っていると、隣に座っていたおばちゃんとおじちゃんが「さつまいもが入ってるんだよ」と教えてくれた。本当に入ってた。帰り際、おじちゃんが「頑張ってね」と僕らに言って、直後におばちゃんが「お元気で」と言ってくれた。なんていい言葉なんだろう。日本人に生まれてよかった、おかあとおとうありがとう。熊本城を出て、市役所に向かう時、建物の壁のコンクリートを整備してるおじさんに話しかけると「まだまだ先は長いけど、毎日やるしかないからね。今日は天気がいいから、気持ちいいね」なんて言っていた。市役所について、14階まで上がった。そこからの景色と、あの場所にいた十数人の方達のことは、僕がこの先忘れてはいけないものだった。
一周して入り口に戻り、おじさんに報告。「よく周ったね。なかなかいないよ、俺が言った通りに全部周る人」なんて言っていて、げらげら笑った。ありがとう、おじさん。「お元気で」と、覚えたての言葉をおじさんに言って、僕とフウコさんはライブハウスへ向かった。

熊本NAVARO、みえない星、僕らは一番目。楽屋の至る所に、会場の至る所に、あいつの思いがみえない様に転がっている。僕にできることは、なんぞや。とにかく精一杯やろう。みえない星がボイガルから始まってよかったと思ってもらえるような、そんなライブを。最初から最後まで最前列にいた3人も、それぞれの場所で見てくれた方も、グータッチしてくれた人も、そのすべての景色が一瞬で流れていって、その星の速さについてくのがやっとだった。僕に何ができただろう。とにかくライブできたのが嬉しかったなあ。podoがやばすぎて、一瞬でファンになった。イベントが終わって、何だか淋しくなった。明日もあるし、はやく帰って寝たいとも思った。撤収してNAVAROの階段上がって空を見ると星が綺麗で、あの星は、あの星は、あの星は、ってみえてる星をみんなで眺めていた。それがただただ楽しくて幸せではやくこんな夜終わらせたくて、結果、飲みに行くことにした。


NAVAROから20分くらい歩いて、教えてもらったとっておきの店に到着。ベランパレードの4人と、トモヤさんとフウコさんと7人で行った。次の日もあるのに、明日も一緒なのに、解散するのがさみしかった。だがそこはみんなしっかりしてて、ちゃんと一次会で終了。とは行かず、しばらく下通ではしゃいでた。フウコさんから届いた写真を見る限り、きっと僕がみんなを足止めしてたんだと思うが。結局、解散ってなっても僕とユリエちゃんは飽き足らずで、コンビニでビールを買って飲んで、王将で瓶3本あけて青椒肉絲と餃子食べて、そのあとに大好き一蘭に行って、朝6:30に解散した。8時間くらいずっと飲んで喋って笑ってた。



7:30過ぎに寝た気がする。
あんま、覚えてない。




10日、10時過ぎに起きて11時頃チェックアウトして、下通でベランと合流。数時間前までベロベロで歩いてた道、ここからはロックバンドだ。ユリエちゃんはキツそうな顔してて面白かった。ベランは車で、僕らはバスで、福岡へ向かった。


降りる駅の3分前くらいに目が覚めて、冷や汗。なんとかギリギリ降りて四次元。楽屋の至る所に、会場の至る所に、あいつの思いがみえない様に転がっている。今日も、みえない星だ、昨日のことは忘れたよ、気になってるのは今は今日だけだ。バンズエンカウンターのようへいと、ようやく出会えた。podoはこの日も最高で、フォーキーズはツアーファイナルでぶっ飛ばしていた。ベランパレードから始まったこの日あっという間にトリの僕らの番。あっという間に最後の曲。そしてあっという間に、みえない星は終わった。ライブのことは中々文字にできないが、今バンドをやっている自分にありがとうって思えた、そんな時間だった。四次元で少し打ち上げをして、缶ビール2本だけ飲んで、先に会場を出てホテルにチェックインへ向かった。それからまたベランパレードと飲みに行った。この日は主催のあいつと、フライヤーを書いたりしていたほしねさんも一緒に飲めた。お店の閉店時間に出て、解散するのが寂しくて、結局だらだらずっと喋っていた。トモヤさんが宿に帰った。あびは声がほとんど出ていなくて「ザー、ザーザーザー。ザー。」としか言えてなかったから僕とユリエちゃんが代わりにめちゃめちゃずっと喋ってた。あくまでも、あびのかわりに。主催のあいつと、ほしねさんと、フウコさんは、後半もう言葉を失っていた。めっちゃ疲れたよな、そりゃ。3人と天神の隅で別れ、あびとユリエちゃんと3人でベランパレードの車まで歩いた。2人の顔は、あまり見ないようにした。じゃあねと、サッと別れた。









それから僕は近くのコンビニでビールを1本買って、飲みながらひとり、ホテルまでの道を歩く。川に映る福岡の街は、ゆらゆらと揺れていた。もうすぐ明けるであろう夜の向こうから、しっかりしろと叱られたのを感じたけど、僕は猫背を直せないままビールをちびちび飲んで、とぼとぼ歩いてホテルに帰った。

遠い街に住むあいつに感謝してる。シャッターを切ってくれていたフウコさんに感謝している。ライブ来てくれた人にも、対バンにも、THE BOYS&GIRLSという存在にも、感謝している。










僕はやはり、猫背を直せないまま、お酒はやめれないまま、夜は眠れないまま、蓋をしたまま今日も生きていた。

だけどそれでも、気づいた。
僕はやっぱり、届けたい。残したい。見せたい。聞かせたい。会いたい。行きたい。生かせたい。







歌いたい。


2016年11月14日月曜日

いつもみたいに止ませてみせよう

昨日「僕と私と音楽の力」というイベントに、ソロで出演。共演は宮崎のベランパレードのボーカルのあび、函館の歌うたいのまえだゆりな、そしてボイガルのドラムのカネコトモヤ。どういうイベントだったかはツイッターなどで検索してみてください。
昨日の朝、あびに連絡をして「札幌着いたらご飯食べてから会場行こう」と誘った。あびからは「いいよー」ときた。すぐゆりなに連絡をして「あびとご飯食べてから会場行こう」と誘った。ゆりなからは「いいですよー」ときた。トモヤさんは誘うの忘れてた。僕ら三人は狸小路3丁目で待ち合わせ。僕がすすきの駅の地下に降りた時、あびが横からひょこっと現れて「え、おい、あび」となった。待ち合わせ場所に着く前に僕らは合流して、狸小路3丁目に向かった。ゆりなが少し遅れて到着した。明らかに元気がない。ゆりなは開口一番、「自転車に服が巻き込まれて転びましてひかれそうになりまして自転車で来るのをやめて地下鉄にして迷いまして、すみません、、、」という。朝から大暴れのまえだゆりなであった。雨の駅前通り、傘をさして僕らはスープカレーを食べに行った。ゆりなはカレーにずっと感動していた。カレーを食べ終わって、まだ時間があったので近くの喫茶店に行った。ゆりながお腹いっぱいになったせいで眠たくなっていた。気づいたら「2個上の先輩」というテーマで僕らは会話を繰り広げていて、あびの中学の時の2個上の先輩の話は思わぬ方向に広がっていき、お腹がちぎれるんじゃないかってくらい笑った。本当にすごく疲れた。いい時間になったので三人で地下鉄でリボルバーに向かった。雨が降っていた。
会場に着くと、呼んでくれたはなちゃんという子が、黙々と作業をしていた。星を作っていた。それぞれリハーサルをして、オープンまであと30分くらい。昨日は僕が出番最後だったんだけど、今日みたいなイベントだし最後に何かできたらなとありきたりのことを思って、「最後に四人で一曲やろうよ」という話を持ちかけた。みんな、やろうやろうと即決。サビだけ考えて、一人ずつAメロを即興で回してサビ、の繰り返しで行こうとなって、サビのメロディーと歌詞だけ考えて「こんな感じで行こう」という話になったところでオープンの時間になった。トモヤさんがライブして、ゆりながライブして、あびがライブして。あびのライブの途中で僕は一旦外に出てみた。数時間前に降っていた雨は止んでいた。そして僕がライブした。ステージに行って準備してる時にセットリストを決めた。今日だけのパワーを炸裂させないといけないと強く思った。


(撮影:はなちゃん)


1.即興
2.花が咲く頃
3.階段に座って
4.今日のうた
5.即興
6.ノンフィクションの約束
7.札幌
8.パレードは続く

(撮影:はなちゃん)

パレードは続くを歌って、三人を呼び込んで、例の歌をやった。はなちゃんの思いをあのサビに乗せれたかどうかはわからないけど、トモヤさんのハープは邪魔だったけど、あびはちゃんと歌詞考えててずるかったけど、ゆりなは自転車で転んだ話をしていたけど、あの瞬間のパワーはきっと本物だったように思う。缶バッジをプレゼントしたり、小さなメッセージがあったり、降っていた雨は止んで星が降りそうだったり、パワーのある一日だった。終わった後に会場を後にするお客さんたちの顔が、パワーそのものだった。それがすべてだ。打ち上げして、さっと解散した。






そしてさっき、あびとゆりなとお昼ご飯を食べた。12時に4プラで待ち合わせ。ゆりなが来ない。すると「正直に言います。寝坊しました。今すぐ行きます、叩き潰してください、袋叩きにしてください」と謎のメールが来てて、朝から大暴れのまえだゆりなであった。あびと先にお店に行き、並んでいるとちょうどゆりなが来た。面白かった。三人で2階の隅っこの席。あびもゆりなも感動していた。ゆりなは吹き出して鼻水が出てきてた。大暴れである。食べ終わって、お会計をする。するとゆりなが、「ごちそうさまでした〜」と言いながら出口と逆方向の厨房の中へ入っていった。「、、、!!!??!?そっち厨房です出口こっちです!」と騒然となった。「!!??あ、え、すいません!!!!」と、大暴れのまえだゆりなであった。お腹ちぎれるかと思った。



それじゃあね。



僕はあびを改札まで送って行った。西改札の前、あびがICカードにチャージしてる時、ふと視線を上に向けると、画面に「電車、復旧していません、新得町の方。まだ、目処立ってません」という旨の案内が出ていた。あびと、「また来月、みえない星で」と別れた。











歌を歌っても、電車は動かない。
だけど僕らは何度でも強がって、歌を歌っては苦しんで、別れて、出会う。
素敵な一日をありがとう、はなちゃん。

「もう、大丈夫。」なんて
また強がって
今日もまた
僕と君、歌ってた

2016年11月7日月曜日

君と出逢えて本当に良かった

2日の夜、路上をやった。すごく寒かった。修学旅行から帰ってきた足で来てくれた高校生は制服のままだった。近くにいた人が、マフラーかなんかを貸してあげていて、なぜか僕が嬉しくなる光景だった。寒い空に響け僕の声(歌はカバーだけど)と、声高らかに歌った。終わって、僕は気分が良くて、一人でお寿司を食べに行った。食べてる時に歌いたくなってきて、もう一度路上を始めた。日付はとっくに変わっていたけど、なぜか結構聴きに来てくれた人がいて、ハテナとハッピーが同居しまくっていた。バンドマンみたいな3人組がこちらを見ていることにきづいたけど、誰かわからなかった。しばらくして、その3人組の一人がビールを持ってきた、その人は「国吉亜耶子」だった。東京のAndareという二人組のボーカル。国吉亜耶子and西川真吾Duoという名前から最近改名したの、Andareに。僕の大好きな大好きなバンド。何度も路上で歌ってきてるバンド。その国吉さんだった。もちろん西川さんもいる。そっか、明日札幌ライブだもんなって思って嬉しくて嬉しくて、Andareの歌をうたった。真正面で聴いてくれた。何だか涙が出てきた。サポートギターとして来ていた、僕とモンスターの星くんもいた。星くんじゃないですかー!!って騒いだ。僕とモンスターも、大好きな大好きなバンド。3人は手を振って狸小路からいなくなった。たくさん歌って笑って喋って、寒さすらも愛しいそんな日だった。

3日、Andareのライブを見に行った。多くは語らず。来てよかったの一言。

4日、午前中にケントボーイズがインフルエンザで東京いけないことが発覚。ライブを3人でやることになって、夜東京について僕はとりあえず一人でスタジオに入った。

5日、サンライズジャーニー。大学の学祭の中で学校の地下の隅っこで行われた、ロックイベント。思いは色々あったけど、楽屋のホワイトボードや、随所随所に、呼んでくれた子の思いは被さっていた。いい日になると、そんな気がしていた。チケット代は、来たお客さんが決めるという投げ銭制。なかなかハードルが高いが、グッと近寄ることができただろうか。誰もわかってくれなかった夜に、日の光を差すことができただろうか。まちぶせでダイブした。気持ちが高ぶってしまった、それだけさ。50分、あっという間だった。
イベントが終わり、ベランのコータ以外の3人と、呼んでくれた帆南ちゃんと帆南ちゃんの後輩ちゃんと、6人で小さな打ち上げをした。いや、大きな打ち上げだったな。ずっと笑っていた。ほんの少し、学園祭みたいな気持ちになって、嬉しかったな僕は。電車に乗って帰るとき、ベランと別れるときすごい淋しくてでも男は去り際が肝心だから、背中向けたまま手を振るみたいな気持ちで別れた。僕らは次の明日へ、次の街へ、次の場所へ。 



撮影:ミナミフウコ




6日、男達の約束。ザ・ラヂオカセッツとの2マン。この日が来るまで長かった。盟友だし、たくさんの人に見てもらえて嬉しかった。ラヂカセとは付き合いが長い。リンダリンダラバーソールと、スリークエスチョンズと、カメラマンのおはぎちゃんが、僕らとラヂカセを繋げてくれた。もう4年くらい前かな。初めての対バンの日、気持ちが繋がったのは一瞬だったのを覚えてる。打ち上げは僕のワンルーム、13人が部屋に集まり僕は洗濯機の上。それが嬉しかった。あとからスリークエスチョンズのしげさんと三好リョウさんがきて、夜中2時に部屋でライブ始まって大合唱したり、外にでて雪合戦したり、ラヂカセのペン君とリョウさんが酔っ払ってスーパーのカゴ運ぶガラガラに乗っかってそのガラガラがペシャンって崩れたり、なんかもう凄かったなあの日。そんなこともありながら、確かに僕らは音楽を常に鳴らしていた。繋ぎとめるように、どこにも行かないでって少し祈るように、また会おうね絶対だよって少し悲しげに、僕らは音楽を常に鳴らしていた。
昨日、ラヂカセのライブを、リンダリンダラバーソールの泰雅くんの隣で見た。彼は、数年前に東京の人になった。相変わらずの険しい顔で、時にリズムをとりながら、泰雅くんはラヂカセを見てた。MC中、笑いながら、「俺全然覚えてねえや、そんなことあったっけ?」と言ってきて、「あったあった、そういえばありましたよ」と僕も笑って返した。僕はその瞬間が、とても尊く感じた。あなたが教えてくれた新宿JAMで、あなたが教えてくれたバンドのライブを、あなたの横で笑って見ているというその瞬間が。泰雅くんは、気づいたらいなかった。あの人はいつもそうだ。
ラヂカセのアンコール、最後の最後で、大好きな曲をやった。僕らとラヂカセが繋がった歌。リンダリンダラバーソールが教えてくれたラヂカセの歌。ラヂカセのひでさんが僕を指差して、来いよっていうからステージあがって、ギターを弾いた。まるであの日と同じように、でも確かにあの日とは違うその景色の中で、僕らは音楽を鳴らした。1時間、あっという間だった。 

数年前、「JAMとスリークエスチョンズとアサトアキラとラヂカセ」を教えてくれた泰雅くんが昨日そこにいて、僕らは昨日ラヂカセと2マンで、スリークエスチョンズのしげさんは昨日札幌で飛行機飛ばなくて、リンラバとスリクエとラヂカセとずっと近くにいたアサトアキラは昨日大阪でしげさんとの2マンだったけどしげさん札幌だからベランパレードのあびと2マンしてて。そしたらイベント終了後におはぎちゃんが「しんごくん、久しぶり〜」ってひょっこり楽屋に現れて。フウコを改めて紹介して二人は何やらしゃべっていて。

僕らの物語は、今、第何話なんだろうと、そんなことを思った。


撮影:ミナミフウコ






すべてが終わり、色々を思いながら噛み締めながら、ホテルのまわりを夜中ひとり散歩した。風が少し冷たかった。自販機であったかいミルクティーを買って飲んだ。追い越していった電車は最終だろうか。気づいたら時間はあっという間に2時になっていて、空は曇っていて、何度も立ち止まった。振り返っても誰もいなくて何も鳴っていなくて、よくわからない女の人によくわからない言語で話しかけられたくらいで、それが何か現実味があって何か良かった。明かりのついてるラーメン屋さんに入って、ラーメンとビールを頼んで、ホテルに戻った。客は僕だけだった。よし、明日札幌に帰ろって気持ちになった。






今朝起きて、バタバタしながら空港へ。飛行機の中で聴いていた音楽に心がぎゅっとなって、飛行機の中で聴くとぎゅっとなる音楽をやりたいと思った。
たった今札幌に到着。いざノースウェーブへ。月火は、ラジオの中の音楽の部活「RADIO GROOVE」だ。みんな色んなお話しておくれよ、こんなことがあったんだとか。こんな悩みがあるんだとか。今日はシンゴの贈りバントってコーナーもあるから。このコーナーは、送ってくれた悩みに対して、僕が一曲選んで、あなたを次の塁に進めるように前に進めるように曲を贈るってやつ。ラジグルまでメッセージを。

部長の声ガラガラだけど、そこはまあ、堪忍な。

2016年11月1日火曜日

夜は白く、朝は青白く

昨日のことを書きます。


10月31日
夕方にノースウェーブへ入り打ち合わせなどをして、19時からラジグル生放送。ハロウィンということもありそんな話題も出したりしながら。僕は別にハロウィンを楽しんでる人たちに何もされていないし別にアンチでもないので、いいなあとも邪魔だなとも思わないタイプなんだけど、渋谷とかのゴミの写真とかを見ると単純に「何のゴミだ?」という疑問は抱いてた。例えば野外フェスとかで飲み物のゴミが落ちてるとか、お花見シーズンにお酒の缶とか焼肉のやつとか、夏休みには花火のゴミが落ちてるとか、そういうのはピンと来るじゃないですか。でも、ハロウィンって「仮装して街を練り歩く」じゃないですか。いや、きっと、他の楽しみ方もあると思うんだけど大まかに言うとそんな感じだと思うんです。メインはきっと仮装。だからせめて、仮装のゴミが出てほしいんです僕は。実際に少しは出てると思うしそもそも「ゴミが出てほしい」って意味不明だけど。出てほしくないけど。きっとほとんどは、結局お酒とかそういうゴミだと思うの。まあいいやそれは。僕は来年こそ、おいなりさんの仮装をしたい。そんなことをラジグルの時にほんの少し話したりして。そして番組後半で、モノブライトの桃野さんが急遽スタジオに来てくれて5分くらい話して。桃野さんは別海町出身で、僕は中標津町出身で、地元が隣町で。その話でひとしきり盛り上がって桃野さんはすぐいなくなった笑
放送が終わってチームラジグルでこれからの話だったりをして、気付いたら一時間半くらい経ってて、22時半頃ノースウェーブを出た。マイアコギ・木暮を持ってきていたので急遽路上をやることにした。

23時前に狸小路につくと、3丁目はハロウィン一色になっていて通り抜けるのが大変だった。渋谷とかはこれの何倍もいるんだろうなと思うと、札幌は平和だなと思った。3丁目を抜けて2丁目に入ると、こんなにもか!ってくらいハロウィン感がなかった。札幌は平和だなと思った。30分くらいでやめようと思っていたけど、結局二時間半くらいやっていた。ここ最近の路上の中では一番寒かったかな。聴きに来てくれた人の中に、別海だったり中標津の人がいたりで、数時間前に桃野さんとそういう話をしたばっかだったから何だか嬉しくなった。途中で、若い女の子二人が、火挟とゴミ袋を持って狸小路内のゴミ拾いをしていた。僕はそれを見て、8年くらい前に小学生の男の子と交わした約束を思い出した。

その約束は、「ポイ捨てをしない」という約束。
8年前、大通公園でみんながしてる鬼ごっこに参加しないで一人でゴミ拾ってる男の子がいて、僕はその子に「みんなと遊ばないの?」と聞いてみたのだ。するとその子は「うん、だって今日なんかゴミが多いんだもん。ここはぼくたちいつも来る場所だから、汚かったら遊べないから」と言った。そして、「だからお兄ちゃんもポイ捨てしたらダメだよ、約束だよ」と続けて僕に言ってきた。僕は「わかった、約束だ」と言った。そんなことを思い出した。で、思い出したから、この話を路上聞いてくれてる人たちにした。
狸小路のゴミ拾いしていた子達は気付いたらいなくて、僕はそれから散々歌って散々喋って、2時前とかに確か路上を終えた。帰り道、狸小路3丁目は23時台の影はほとんどなく、仮装してる人なんてほぼゼロだった。札幌は平和だなと思った。すると、若い女の子二人が、火挟とゴミ袋を持ってゴミ拾いをしていた。え、まだしてたのかと思い、「まだしてたの?ていうかなんでゴミ拾いしてるの?いつまでしてるの?」と聞いてみた。ハロウィンだし絶対街中汚いしゴミ拾いしていいことしてます私たちみたいな感じなのかなって、一瞬思って。

すると彼女たちは、僕にこう言う。

「私たち、よく狸小路くるんですけど今日もいつものように狸小路行こうか〜ゲームセンターでも行こうか〜ってなって、いざ来たら、あれ、なんか今日ゴミ多くない?ってなって。よく考えたら、もしかしてハロウィンだからか⁉︎って気付いて。私たち普段からここに来るし、ここで遊ぶし、ゴミ拾うか〜ってなってさっきドンキでこれとゴミ袋買ってきて始めました〜あはは」

同じだった。8年前の、あいつと同じだった。
ゴミを捨てた人のことをどうこういうんじゃなくて、「自分にとって大切な場所」という、それだけだった。こんな子たちの話、もっと聞きたくなるに決まってるじゃないですか。僕が最初に思っていたそれとは全然違ったんです。彼女たちは、日々それぞれでどこか悶々とした生活をきっと送っていて(勝手にそんな気がした)、だからこそいつもの友達との時間やいつもの場所が大切で、昨日もそうで、いつもの友達といつもの場所に来てただけで。そしたらいつもより少し散らかってたから、これからもきっと来るし片付けちゃうかって。彼女たちは僕より年下だった。何歳かは書かないけど。彼女たち片手にゴミ袋2つもって、もう片方の手に火挟を持っていた。1丁目から来て、6丁目までやるという。やけに二人が楽しそうなので僕も混ぜてもらった。

ゴミを拾いながら二人の話を聞いた。どんな友達なのか、どんな生活をしてるのか、どんなことがきっかけで出会ったのか。出会いは、音楽だったらしい。好きな音楽が共通してあって、それで知り合って、そしたら家が近所で、それで仲良くなったと。僕も自分のバンドの話をすると、「調べて見に行きます!」と言ってくれた。
途中で76歳の元気なおじさん「きむさん」という人に出会った。きむちゃんって呼んでたけど、50歳上だから、今からちゃんじゃなくてさんにしよ…。きむさんは、タバコ吸いすぎだけど、数年前に亡くなった奥さんのことや、きむさんが僕らくらい若かった頃の話や、色んな話を面白おかしくしてくれた。僕はその都度突っ込みまくっていた。

きむさんは別れ際に、
「年寄りはみんな、最近の若い人は〜って言うだろ?でもな、俺はそうは思わないぞ。お姉ちゃん達みたいな子達がちゃんといる。結局、いつの時代も変わらないし、いつの時代も今しかないんだよ。あ〜タバコ吸いたい」
と、そんなようなことを言って、自転車で帰って行った。きむさんを見送って、僕も二人とすぐそこの信号で別れた。

そういえばきむさんは、やたらと僕に「この自転車あげるか?いらない?」と勧めてきた。いらないって断りまくったのに、最後まで僕に自転車をプレゼントしようとしてきてた。あれは、なんだったんだろう…。


そんな、くだらない10月の終わりと11月の始まり。
ただの一日に吐く息は白く、僕の季節がきました。








さて、本日もラジグル、19時から2時間一人で生放送。FM NORTH WAVEという北海道のラジオ局です、radikoというアプリで是非聞いてくださいな。番組が始まって一ヶ月、今日はみんなのラジグルネームを僕がつけまくる日。ラジグルネームってのは、所謂ラジオネームで、でもラジグルではラジグルネームって言っていて。名前とか住んでる街とか好きなものとか特徴とかを書いて、番組宛に送ってください。ラジグルネームつけてほしい人は、LINEで「ラジグル」と検索して、そこから送ってね。で、ツイッターも是非ね。ツイッターもラジグルと検索すると出てくるので。

生きてよ。